代表 菊池 亘

社会保険労務士・応縁家

専門学校を調べていると、
病院などで障害や福祉の相談に乗らせて頂く、
医療ソーシャルワーカーという仕事があることを知り(白衣着れるって何かカッコいい 笑)、
医療福祉の専門学校に進学致しました。

「福祉の学校ってどんな人が集まって来るのだろう?自分はなじめるかな?」ドキドキ、ワクワクに心を弾ませ、地元を離れ埼玉県の大宮の生活が始まった18歳の春でした。

入学してみると、
・顔はイカツイのに人を思う気持ちの強いヤツ
・2年ろくに寝ずに仕事とバイトで入学金を貯めて入学してきた人の痛みの解る人間臭いヤツ、
・福祉という仕事が大好きで、情熱や理想に燃えている地方から来たヤツなど、
共通の目標や思いを抱く仲間ばかりで、とても素晴らしい出会いでした。

学校では、現役のソーシャルワーカーとして病院や精神病院で活躍されている先生の授業や実習を通しての実務
の学びなどに励み、
そして、仲間と学べば学ぶほど「将来、こうしたい!!あーなりたい!!」と理想や夢に燃えていた充実した毎日を過ごせました。

時は流れ、21歳の春、 専門学校を卒業して、多くの同級生が病院や福祉施設などに就職をし、
半年がたった頃、「ご飯でも食べに行こう」とひさしぶりにクラスメートと顔を合わせて見ると、

半年前までキラキラした目で夢を暑く語っていた仲間が・・・

続々と仕事を止めていたり、やる気が以前ほど失われていたり。

何の仕事でも、そうでしょうが、「身体的にハード」「給料は決して高くない」など福祉業界の離職率の問題というものを、
身をもって実感したと同時に、社会に出てからこその志の実現のはずが、

現実の中で志半ばで、夢を諦めてしまう現実にショックを感じました。(私は、そういった意味でとても素敵な職場に恵まれたと感謝しております。)

時同じく、私も就職して、友人とは全く違うことで悩んでいました。それは、「今の自分が昔の自分の描いた将来だったのかな?」ということです。
《何者でもない自分・私の代わり何ていくらでもいる》と今、思うとそんなことがないのにその時は、《自分が何も価値のない人間》のように思えて、何かしなきゃと思い、急に焦りだしたのをおぼえています。

私は、昔から根拠のない自信がどっかありまして、今の自分があまりに理想と空想の中の自分との差がありすぎて、現実をうまく受け入れられなかったことと思います(笑) 我ながら痛すぎます。

本当、何も深く考えずに過ごしてきた自分(福祉の仕事は大好きですし、その時はその時なりに、一生懸命だったのだと思います)ときちんと向き合えた瞬間でした。

想像の中では、漠然だけど、もっと大人で、周りに期待されてて、有名になって、講演して・・・など華やかに活躍して、
刺激的な生活を期待していたのに、とも思っていました。(何様 笑)

何かしなければ、前に進む何か。と焦る気持ちばかりが先走りましたが、

とりあえず、実務経験1年をやりながら受験資格を満たし、
社会福祉士という国家資格をとるというのが、専門学校卒業後の王道でして、

他に何をすることで前に進めるのかわからない自分は、今より状況を良くするため、そして今より活躍するために、 社会福祉士の勉強を始めました。

合格率は28%くらい。専門学校の卒後教育という社会福祉士の合格支援コースがあり、親友やクラスメート、他の学科の子達との模擬試験での順位を競う楽しみもあって(親友と私が奇跡的に1位を競っていました 笑)勉強をろくにしてこなかった自分としては、とても刺激的でした。

これ受かったら、現実が変わるのではないか。という期待をもって。(本当、世間知らずだったんです 汗)

1年後、見事社会福祉士に合格することが出来、
社会に出てからの、初めての成功体験になりました。

たんぱつ入れずに、直ぐに、次の目標が欲しくなり、(この時期、同じく資格受験をしていた友達も試験に受かり看護学校に行く目標をもっていたことに刺激を受け)、

その時、学生時代、社会人1年目を振り返り思ったことが、・福祉業界の離職問題へ私が何かできる存在になりたい

・社会に出てからの人生の大半の時間を占める労働を通しての自己実現に私がアプローチできないか、
・障害を持つ方の力になりたい(そもそもの動機)

・福祉だけでなく、社会保障全般の知識を身につけてもっと活躍したい、

という合点の行った社会保険労務士になろうと思いました。

1つのことしかできない不器用な私は、目標が決まれば、ストイックにできる自信がありましたが、勉強の仕方のコツがわからなかったのと試験範囲の広さに手こずり(笑)、
2年かかりましたが、社会保険労務士試験も合格することが出来ました。

試験が終わったら、やりたいことが1つどうしてもありました。

それは、社労士試験の最中、息抜きに飲みに行ったとき、友達(社会福祉士の模擬試験で1位を競いあった私にとって影響力ある親友)が、
「 読書は面白い」と言っていたことが強烈に残っていました。

今まで、本なんて読んだことない友達が、「本はすごく学びがある」と言うのです。

私「 本ってそんなに、面白いんだ!試験終わった、いっぱい本読んでやろう!」

試験中、ずっとその要求を押さえていた私は、
本の魅力にとりつかれ、 年間で200冊以上は本を読みました。

主に、経営者の自伝や自己啓発本がほとんどだったと思います。

特に、ジェームズ・アレンさんの「原因と結果の法則」、中村文昭さんの「人のご縁ででっかく生きろ」、本田健さんの「ユダヤ人大富豪の教え」などは、当時、大きな影響を受けました。

この読書で、大分世間知らずも、とれたと思ってます。

「お金はありがとうが形になったものなのかー!」

今でこそ当たり前の価値観ではありますが、その時は衝撃的でした。
何より、
「成功している人は、人に会ってるんだ!!」というのが新鮮で、それまでといったら、
職場と家の行き来で、遊ぶのはいままでの友達、交友関係を拡げるとしても、友達の友達くらいしかなかったので、先ずは本の通り、 色んな業界の方に会いに行って、必死に見聞を拡げようとしたことを思い出します。

そのなかで、ふと参加した勉強会でご縁のあった人事コンサルタントで活躍されている社長さんが、ゲストで話されているのを聞いているうちに、人材育成に情熱をかけているこの「美人」な方に(笑)、教えをこいたいと思う出会いがありました。

休憩時間に名刺をもってその方の元へ駆けつけ、
弟子入りを懇願しました。(当初、25万くらいのコンサル料がかかる教えを、めっちゃお願いしてモニター生として5万円で学ばせていただきました 笑)

採用の仕方から、セミナーの打ち方など、半年間色々教わり、

社労士業も時代の変化の中で手続きのみでなく、
人事のコンサルティングも出来ないとと強く意識をつけてくださった師匠には、
今も感謝でいっぱいです。

「師匠から、一通り教えてもらったことをアウトプットして独立すればいいだろう!」と
あまあまな考えの私の気持ちを見抜いてか、

師匠、それからたて続けにあった社長二人とも、同じアドバイスをいただきました。

社長「起業家の7~8割は営業マン出身、営業経験者だよ」
と。

私「あらっ、自分は営業やったことない。やらなくちゃ」と、変な焦りから行動し、友達に

「 お前の会社営業マン雇ってる?」と電話をかけまくった結果、運良く 一人が、「うち募集してるよ」と連絡をくれました。

26歳、医療・福祉業界以外の世界へのはじめての転職でした。

通信の営業で、マンションの理事会や総会などに参加し、
提案営業をするという仕事で、

大勢の前でプレゼンさせて頂く経験だったり、
営業トーク、身なり、心構え等、ビジネスマンとして、
基本的なところから、色々教わり、当時の先輩、上司の方々にも、感謝しております。

先輩からのアドバイスや仕事を見よう見まねでガムシャラに学び実践した結果、

入社初月から、新規見込み客獲得数No.1、
新人ノルマ達成も期限前に達成。後日、聞いたのですが、私を紹介してくれた友達は社長より、「優秀な子を紹介してくれてありがとう」と金一封を貰ったと聞いたときは嬉しかったです。

営業経験をもっと積みたいと思ってた私は、
同時にプライベートで、営業コンサルタントの方から毎週ご指導を頂き、研鑽に励み、個人でも色んな物や情報、サービスなどの案件を抱え、
営業の経験と人脈をコツコツと作り、

1年半後、27歳の春に社会保険労務士・社会福祉士事務所 応縁~O-
EN~の開業となりました。

21歳の頃から年を経て、
今、当事務所は、
私とご縁のあった法人様の事業の発展・
個人様の想いや志を応援することで、
自分自身も成長し、

人生の感動を共有する。

を経営理念としております。

医療・福祉業界、営業マンで培った知恵と経験を生かして、

皆様に、より価値のあるサービス・提案をご提供させていただきますよう、精進してまいりたいと思いますので、
皆様、どうぞ当事務所をよろしくお願いいたします。
に変更よろしくお願い致します。

以上よろしくお願いいたしますm(__)m


まずはお気軽に
ご相談ください